大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2719号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原告は右の事故により「頸鞭打症、腰捻挫」(診断書記載の傷病名)の傷害を受け、そのため直ちに病院に入院し(入院時絶対安静を要するような状態ではなかつた)、その後入、通院治療を継続し、現実に次のとおりの治療を受けたこと。
自昭和四三年四月一〇日至四四年四月一五日個室入院
自四四年四月一六日至一〇月一四日通院(ほぼ毎日)
このうち、四三年六月下旬頃までの間は急性期における療法が加えられ(例えば、薬物療法として消炎鎮痛剤が投与されている)、六月下旬以後は入、通院期間中を通じ、殆んど全く同じといつてよい亜急性乃至陳旧慢性期の療法(殊に四三年八月以後においてはその後一年以上に亘り全く同じといつてよい療法、状態がみられ、且これらは比較的症状軽微なものに対する療法と推認される)が加えられ(例えば薬物療法として向神経性複合ビタミン剤が投与されている)ていること、
そしてこの間における診療録(いわゆるカルテ)の記載によれば、昭和四三年九月下旬以降記載形式もかなり趣きを変え、劃一化し、せいぜい薬名等のみが機械的に記載される場合が圧倒的に多くなり、四三年一二月六日「そろそろ仕事をしてはどうか、」四四年一月二五日「症状固定、働いたらどうか」、三月六日「診症状固定」、四月一五日「軽快」との各記載字句が見受けられること、
原告方と病院とは近隣(血縁関係はない)であつて、原告が入院中自宅へ帰つたりすることについても注意したことはなく、また入院中の行動についても特に監督することもなかつたこと、現に被告が見舞に行つた際も原告が不在であつたこともあり、また前掲カルテにも四三年一二月三一日の日付欄に「外泊?」との記載がみられること、
これらの費用として二、〇一三、三三〇円を要するものとして病院から請求されているが、その内訳は
入院 (個室) 九四五、二〇〇円
処置料 四二九、五〇〇円
レントゲン代 二三、四二〇円
注射代 二〇四、〇六〇円
薬代 三八三、三〇〇円
検査料 九、〇〇〇円
再診料 一七、八五〇円
文書料 一、〇〇〇円
であつて、以上の他昭和四三年七月一二日までの間の分(約三ケ月)として治療費約五六万円が被告から病院に直接支払われており、全治療費としては以上の合計額二、五七三、三三〇円とされていること、(入院料は一日当り、個室三、四〇〇円、大部屋一四〇〇乃至一、六〇〇円であること)、
入院中、当初六月一〇日まで六〇日間母親が付添看護をしたこと、また入院中の雑費としてその主張の額を現に支出したものと窺われること、
被告は事故当時満二一才(昭和二二年三月一五日生)で株式会社新興製作所へ勤務し、外交、集金、販売などの業務に従事し、税込月収約四万円を得ていたが、同社へ入社したのは、姉婿佐藤進が代表取締役をしている関係で懇望されて他の会社から転職したものであるため、昇給等については特別の扱いを受けており、休職中においても本来相当額の昇給を見込まれていたけれども、本件事故による受傷、治療のためもあつて事故のときから昭和四四年五月頃まで休業しこの間の給与を得られず(但し、この間の得べかりし利益のうち昭和四三年一二月一四日までの分四四万円は被告において支払済であつて原告は本訴において請求していない)、その頃再就労し、昭和四五年三月現在約五五、〇〇〇円の月収を得ているものであること。
そして現在においてもときとして腰痛、右側後頭部痛等の後遺症状が現われることがあり、レントゲン検査の結果に照し骨折(頸、腰椎いずれも)は全く存せず、僅かに第四、第五頸椎の僅かなずれが認められる程度で、腰椎のずれもレントゲン検査の結果には現われておらないなど、科学的、他覚的所見は殆んど見当らない状態にあること、
事故車被害車の修理費はいずれも五万円に満たない程度であつたこと(但しこれは本訴において請求されておらないが、事故の程度を推測する一資料となる。)、
本訴の提起遂行を弁護士に委任し、その主張のとおりの費用を要すること、
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実を綜合すれば、原告は現実に約一年間入院(個室)し、約半年間通院し、これによる治療費合計約二五七万余円を要するものとされ、それらを前提として本訴請求を構成しているものであることが窺われるので、まずこの点の相当性、必要性について検討することが必要である。
前記修理費用の額からも推測されるように本件事故における打撃力が比較的軽微であつたものと思われること、双方の車種もほぼ同程度のものであつて、被害車が事故車に比して小さい車種の場合のように小さい打撃力によつても大きな影響を受けるという状態にあつたものとも認め難いこと、原告の受けた傷害の症状乃至後遺症状もまた右客観事情にほぼ合致し、客観的、科学的所見は比較的軽微に止まり、愁訴を主症状とし、且これに対する治療も昭和四三年八月以後においては全く同じといつてよいような状態が継続されていたこと、以上の諸事情を、本傷病が多分に心因性、精神的作用の影響の大きい一面を有する種類のものであること並びに当裁判所が処理する多数の同種事案に対比して考慮すれば、例えば、入、通院期間(一年間半)の全期間を通じ殆んど一日の休みもなく注射をしている(しかもそのうち多いときは一日数回も行なつている)点、各評価額の点など前記病状に対比すると理解に苦しむ面が多々あるが、他面巷間医師の技術等における格差、治療における医師の人格的、心理的影響力その他の事情から社会保険での劃一的取扱、廉価な点数制への非難もみられる折柄、厚生省告示等による点数表、薬価基準等(健康保険法第四三条の九等参照)を参考とする(この点は当裁判所の職務上当然なし得ることと解される)他、特段の証拠資料を欠く本件にあつては、医学上の専門的知識に乏しい当裁判所としては、単純に右基準と対比してその当否を云為するべきではなく、明らかに不当な場合の他、現に医師が必要として加えた治療内容及びその費用についてはこれを一応相当なるものと前提するの他ないものと考える。しかしながら、以上の前提に立つて考えるものとしても、前記認定の諸事情に照せば、なお入院の相当性、必要性は明らかにこれを欠く部分があるものといわなければならない。蓋し、外傷性頸部症候群の治療としては通例入院一〜三ケ月を以て普通とするものが多いものとされており、本件においても原告の病状、治療経過に照せば絶対安静一年間を要するような特に重い症例ということは到底いえないこと前認定のとおりであつて、現に昭和四三年六月下旬頃以後においては、ほぼ亜急性乃至陳旧慢性期の治療法(同一内容、且これは比較的軽微な症状に対するものと推認される。)が加えられているのであり、これらの点に照せば一年間の個室入院は明らかに不当とみられるからである。そして前掲各事情を綜合すれば、慎重な態度を以て最大限の必要性を考慮しても入院期間は多くとも九ケ月(内個室入院三ケ月)を要する(即ち前記「そろそろ仕事をしてはどうか」と記載された時点からなお一ケ月の観察期間を置くものとの慎重さを加える)ものと認めることが相当であるものといわなければならない。
以上の点を前提として原告の蒙つた損害額(被告に賠償せしむべき相当の範囲内の額)を算定すれば、
(一) 治療費 一、三五七、七三〇円
入院費については、昭和四三年七月一三日から昭和四四年一月九日までの一八一日間(なお、昭和四三年七月一二日までの間の分は支払済であつて本訴請求外であるからこれを除く)一日当り一、六〇〇円の割合によりこれを算定し、その余の費目については原告の請求どおり認める。
(二) 付添費 三万円
(三) 入院雑費 六四、〇〇〇円
本件の如き長期に及ぶときは或程度平均化して低額化するのが通例であるから、入院期間中当初の九〇日分については一日当り三〇〇円、その後の一八五日間については一日当り二〇〇円の割合による金額が必要性、相当性の範囲内のものとして被告に賠償せしむべきである。
(四) 得べかりし利益の喪失 二四万円
前記認定の各事実によれば、原告の喪失した得べかりし月収は実収月四万円、原告主張のとおりの期間これを失つたものと認めることが相当である。
(五) 慰藉料 一〇〇万円
(六) 弁護士費用 二五万円
以上の経緯、請求額、認容額その他諸般の事情に照し、弁護士費用のうち被告に負担せしむべき相当な額は金二五万円と認めるべきである。
以上合計二、九四一、七三〇円
を以て本件事故と相当因果関係ある損害額として被告に賠償せしむべきものとすることが相当である。(寺本嘉弘)